フランスで最初のラジオ放送が始まったのは、米国に1年遅れた1921年のこと。カンパニー・ジェネラール・ド・TSF(テレフォニー・サン・フィル)という民間企業の子会社、SFR(ソシエテ・フランセーズ・ド・ラディオフォニー:どっかで聞いたことあるなー。そう、今の携帯電話会社がこの名前を拝借してますネー)が最初の放送実験を行ったんだけど、政府は民放のSFRに放送許可を与えなかったんだそう。当時、電波通信を独占したい政府と民放を認めてラジオを大衆化したい受信機メーカー各社の間に対立があったらしく、結局は翌22年に国営の郵便電話電信高等大学校(Ecole
supérieure des PTT)局と民放のラディオーラ(Radiola)局の2局が強引に通常放送を開始してしまったのでした。このように、欧州他国ではBBCを代表とするような公共サービスとしてのラジオ放送が発展したんだけれど、フランスのラジオ放送は、20年代の放送開始当初から広告入りの民放ラジオが国営ラジオと共存・競合するという特異な発展を遂げたわけ。国営ラジオはその後30年代にかけてパリに中央集権化(全国ネットでパリ発の情報を流)して行くけれど、28年の時点で全国に13局を数えた民放局(パリに4局)は、キャバレーやミュジコールからのトレネやピアフの生中継などで民衆の心をぐっと掴んでいったのであ〜る。34年にはルイ・アームストロングのライヴも放送された。当時、人種隔離政策下にあった米黒人にとって、フランスとその共和主義はまさに天国のようなものだったという。その意味でも、ジャズの発達にパリが果たした役割は大きいと思うんだけど、その話は次章で。